これからの話は面接とは全く関係ない、マスコミについての僕の個人的な意見です。間違っても面接で言ってはいけない内容ですし、こういうことを言うと、恐らくほぼ確実に落ちてしまいます(笑)。

僕自身はいまのマスコミのあり方には実はかなり批判的ですし、新聞・テレビ・出版を問わず、メディアが機能不全に陥っているのではないかと。

例えば新聞社でいうと、社説、あるいは新聞自体が、特に若い世代から明らかに支持されていない。要因はいくつもあるのだが、支持を失っているということに、実は僕の知っている範囲で言うと危機感を持っている若い世代の記者はかなり多い。

ところが、新聞社というのは今や世間では珍しくなってしまった完全年功序列のシステムで、しかも熟年世代の偉い人がいまだに現場にかなり介入してくるので、若い人たちが紙面に自分たちのカラーを出すのは、かなり難しい。80歳を超えて、会長であるだけではなく、いまだに読売新聞の言論を司る「主筆」でもある、渡邊恒雄氏というのは、その最も象徴的な存在。

一方のテレビ。テレビ局のシステムでは熟年世代の方が、現場へ介入するというのはまずなくて、制作に関してはかなり若い世代に任せているのだけれど、テレビは若い世代の方が厳しいことがある。

テレビ局が優良企業と思われている結果、商社や銀行、外資との併願で入る人の数がかなり多くなってきた。頭も良くて、口も達者で、器用な世渡り上手なのだが、本音では給料が高くて、華やかそうで、世間体が良い会社であればそれでいいというか、メディアという仕事への「志」が薄いというか。テレビだと実は熟年世代の方が挑戦的、柔軟で、仕事への思い入れが強い方が多いような気がする。

テレビの若い世代の「劣化」を最も分かりやすく示しているのはニュースで、総理、あるいは容疑者が歩いているときに、テレビの若い記者が「総理、一言お願いします!」と声をかける場面が、よく見られる。

「一言お願いします」というのは取材者としてはかなり恥ずかしい言葉だという意識がない。せっかく、直接質問をぶつけることができるのだから、具体的に何か聞くのが本来の姿。にもかかわらず、「一言お願いします」と聞いてしまうのは、取材者としての主体性があまりにもないし、しかも「番組で使う声が20秒くらい取れれば、上にも怒られず、役目は果たしたことになるから・・・」という気持ちが透けて見えてしまう。

そして、出版。テレビはおろか、ネットやケータイにも押され、もう何年も前から、ジリ貧に陥っているのに、何も新しい軸を打ち出すことができない。挑戦者精神のあっても中小だと新しいことをやる企業体力がないし、大手は居心地の良い現状から出たくないというのが垣間見え、大胆に挑戦していく気持ちがないようにも思えてしまう。

もし仮に新聞であれ、テレビであれ、出版であれ、ケータイやネットに押されて、売上が毎年3%ずつ減っていくとします。実際、この数年、それくらいのペースで減っている会社は少なくない。3%というのは大した数字ではないですが、毎年となると複利計算の恐ろしさで、20年後には売上が今の半分になってしまいます。もし20代前半で入社したとしたら、40歳を越える頃には会社の売上が半分近くにまで減っているかもしれない。

ここまで極端になるとも思えないですが、もし本音では待遇だけを期待して志望するのであれば、これくらい極端な数字も覚悟しておいても良いと思います。

減ってきているとはいえ、いまだにマスコミ志望の人は多いですし、また本来のメディアに期待されている機能自体は間違いなく存在しているのですから、これから入る人たちには、なぜ自分が志望するのか、そして入ったら本当は何をしていきたいのかということを面接対策以外でもしっかりと持っていてほしいなと思っていますし、メディアの世界に新しい可能性を切り拓くような人が数多く入ってくれればと期待しています。




2008.02.12 Tue l 就職活動を考える l COM(0) TB(0) l top ▲

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