新聞の時代錯誤―朽ちる第四権力新聞の時代錯誤―朽ちる第四権力
(2007/02)
大塚 将司

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日経新聞在職中に、自分が所属してる日経新聞を訴え、解雇され、その後復帰したという「闘争的」な経歴を持つ著者。日経新聞へのかなり否定的な見方に偏りすぎている面はあるが、新聞社の持つ真実の一面、あくまで一面ではあるが、内情を知ることができる。

新聞社がいかに閉鎖的で、記者という名のサラリーマンが自己保身に奔走するか。そして、新聞社が業界一体で再販制度や特殊指定といった「既得権」をなりふり構わず守ろうとする姿を描いている本書。特に、再販制度が生まれた経緯とその後の権益死守の様を描くのに、本書の7割近くが費やされている。

若干の違和感を覚えたのは、長年新聞記者をやってきた著者の「ジャーナリズム」への強い信念だ。自らが属する「日経新聞社」を「ジャーナリズム」ではなく、「情報サービス会社」だと強く批判する。幹部は「ジャーナリズムを忘れた俗物」であると。

だが、一般の感覚はすでに新聞記者の認識を超えている。ネットなどの急速な発展で、メディアだけが情報を一手に担う時代は完全に終わった。新聞は教えを請うべき存在でもなんでもない。もはや、上からの目線である「社説」などの[ジャーナリズム」は必要とされないし、若者の新聞離れは高圧的な「ジャーナリズム」への拒否感だ。特に経済の分野で求められているのは、もはや上から目線の「ジャーナリズム」ではなく、むしろ「情報サービス」なのかもしれない。

権力や利権への監視、弱者への目配りとして「ジャーナリズム」が必要なのは不変だ。それはブログなどではなく職業ジャーナリストにしか難しい。だが今や、新聞やテレビといった「ジャーナリズム」の笠に隠れたマスコミこそ、最後に残された最強利権であることを本書は浮き彫りにしている。そして、そのことを新聞の論説と足元の販売店の実態との乖離などで、多くの人々が既に知っている。本書が指摘するまでもなく新聞やテレビといった「ジャーナリズム」への信頼はもはや著者が思っている以上に崩壊しているのが実態だ。一般の人々のマスコミへの不信感は、既に著者の認識をも越えている。

新聞記者をこれから志す人は、妙なエリート意識ではなく、しっかいとした志を抱いて飛び込んで欲しいと思う。




2008.01.07 Mon l マスコミ就職の必読本 l COM(0) TB(0) l top ▲

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